こうなったらいいな。私が思うアシュタンガヨガ界の姿
このブログを読んでくださる方は、もしかすると、
この人、アシュタンガヨガの事、嫌いだよね。
と思われるかもしれません汗
しかし、私はアシュタンガヨガのシステム自体は好きです。
型や実施の時間帯が決まっていること。
しかも覚えてしまえば自主練できること。
そんなことが好きです。
ただ、それを取り巻く環境は正直課題が多いと考えています。
個人的には、『伝統あるヨガ』という笠を着て、
フィットネスを"ヨガ"に仕立て上げているのがアシュタンガヨガ
だと考えています。
(個人的にはアシュタンガヨガはフィットネスでありスポーツにも片足を突っ込んでいると思います)
だからインド哲学とマッチしないんですよね~
インド哲学は哲学の一体系であり素晴らしいものです。
しかし、インドの生活に根付いたものなので、
外国人である我々が哲学そのものを頭・身体で理解し
実践することは難しい。
ただ知ろうとする努力は続けた方がいいです。
おススメは本を読むことです。講座に出て学んだ気になってはダメ。
どんな姿ならよいと考えるのか、を提言していきます。
そしてそれが私の目指す姿でもあります。
理想①:指導者全員がアライメントの指導ができる
アライメントの指導とは
生徒さんの骨格特性や身体機能に応じて
その時最適な可動域を提案できることです。
強めのアジャストは行いません。
逆に生徒さんが深めすぎていないかを確認し、時には注意する。
別の代償動作を取っていてそれが危険だったり、
身体を痛めることになるならばアドバイスする。
そんな指導者がいたら嬉しいです。
理想②:マイソールやレッド以外に「胸椎の可動性・腰椎の安定性を促す」クラスを設ける
アシュタンガヨガ実践者の多くが、
腹部の安定性が欠けたまま
アーサナを取っていると感じます。
胸椎が動かない代わりに、
骨盤回り・腰椎を動かして
股関節や腰椎に負担をかけすぎている。
結果、怪我に繋がるのでは?
ただ、この「胸椎の可動性・腰椎の安定性」を獲得するのは
正直アシュタンガヨガの実践だけでは難しいです。
なのでマイソール・レッドクラスとは別に
「身体の使い方を伝える」クラスを設けて欲しい。
理想③:アーサナを指導者で再定義する
ハードルが高いですが、アーサナは厳選した方がよいと考えています。
アシュタンガヨガも例にもれず、
ラキシティ(関節弛緩性)のある人なら実現できるが、
それ以外の人がやるのは難しいアーサナがあります。
マリーチアーサナ系はまさにそれです。
マリーチアーサナは手をつなぐという意識が強すぎるため
他の関節に負荷をかけ続けてしまう、ということが起こりがちです。
腰椎の後弯を起こさないために股関節の屈曲を過度にしようとしたり、
胸椎の屈曲で実現しようとしたり。
そもそも普通の可動域の人には狙い通りできないアーサナなんです。
理想④:指導者・生徒がアシュタンガヨガをメタ認知できる
こんな議論ができるといいですよね。
アシュタンガヨガって執着を産みやすい構造になっているよね、
だからこうしよう!
辛いけど頑張るっていうのはスピリチャルナルシシズムを産みやすいよね、
だからこうしよう!
客観的に観る姿勢を指導者も生徒も身に着ける。
そもそも「日常のあらゆるものを客観的にみようとする姿勢」、
すなわちメタ認知能力は、
アシュタンガヨガ以外で身に着けておいて欲しいものではあります。
ただ多くの方がその能力が乏しいです。
アシュタンガヨガを使ってその能力を養っていけたらな、と考えています。
総論:より身体的な、客観的なアプローチができればよい
アシュタンガヨガって客観的に観るとこうではありませんか?
- 効率的な身体運動ではない。
(身体的な効果なら筋トレをやった方がよい) - ただ、やや負荷の高い動作を、長時間、高頻度で行うことが求められる。
- 身体のアライメントを無視して続けるには危険が付きまとう。
矛盾が多いんです。
なので、「アシュタンガヨガは動く瞑想!アライメントのことを気にするな!」ということと、
「怪我をした…」というのが同時に発生しやすい構造です。
ただこれは結構簡単に修正できると思っていて。
- (指導者・生徒サイド)身体のことを気にしながら練習する日を設ける
- (指導者・生徒サイド)トリスターナに集中する日を設ける
- (指導者)生徒の身体の癖を見抜き、それを修正・軽減するアーサナを伝えるクラスを設ける
この3つをPDCA(ってもう言わないのか)のごとく、
ぐるぐる回せばよいと考えています。
なので、「毎日絶対シャラに来てプラクティス!」よりも。
普段は自宅やオンラインをベースとし、身体の日・身体の癖クラスの時だけ来てもらう。
こんなスタイルが双方にとって、負担も少なく、
身体もしっかり変わっていく感覚が得られるのではないでしょうか。
余談:アシュタンガヨガに固執する必要もない。が、アシュタンガヨガの恩恵も捨てがたい。
冒頭に少し触れたように、
個人的にはアシュタンガヨガはフィットネスであり
スポーツにも片足を突っ込んでいると思っています。
一方、効率的な身体運動でもないと思っています。
「じゃあ別のやればいいじゃん」
と思われるかもしれません。
ただ、順番が決まっていて、何も考えずに数十分動き続けられて、
誰とも競わない。
これがアシュタンガヨガの最大の魅力だと私は思います。
これがなかなか他のフィットネスでは得られない。
スポーツだとことさら、誰かと競うが重要になってきますから、
難しいです。
なので、アシュタンガヨガ自体、とても良いものだと思っています。
だから多くの人にやってもらえたらと考えています。
しかし、「怪我が多い」「教義に妄信的な人が多く、村社会的」であり、
「現在普及しているやり方のみがすべて」なのが
非常に残念でなりません。
私は伝統を壊したいわけではありません。
伝統は残しつつ、別の道もあってもよいではないか?
そう考えているだけなのです。

