今の私にはアシュタンガヨガの指導者は不要かもしれない。そう考えるに至った3つの理由

実は私は、アシュタンガヨガを生徒側から見た時に
「先生は不要だ」と考えています。

こう言うと少し驚かれるかもしれませんが、
これには2つの前提があります。

1つ目は、ヨガを始めて1〜2年目の
「初心者」に限っては絶対に先生が必要だということ。

順番を覚え、危険な身体の使い方を正し、
ヨガの心構えを知るためには、指導者の存在が欠かせません。

2つ目は、私が不要だと言っているのは、
「今の日本における、伝統的スタイルの指導者」であるということです。

なぜ、私が強烈に「アシュタンガヨガにおいて先生は不要」と思うのか?
これを読んで「私は違う!」と思われる方も当然いると思います。
指導されている方はあまり読まない方がいいかもしれません。
あくまで一人の生徒である、理屈派ヨギーの個人的な意見として、
聞き流していただければと思います。

不要説①:自分自身の「目的」の妨げになるから

非常に個人的な理由ですが、私はその日の体調に合わせて、
特定のアーサナ(ポーズ)を飛ばしたり、
スタンディングや太陽礼拝だけで終わらせたりと、
柔軟に練習量を変えています。

私のヨガの目的は、そもそも「運動不足解消」であり、
「自分が流れに集中できて、スッキリすればそれでいい」
という思考でやっているからです。

しかし、伝統的なシャラ(スタジオ)では、
先生に「なぜ今日はそこまで?なぜ飛ばしたの?」と
説明するのがいちいち面倒です。

さらに、自分の内側に深く集中している途中で
アーサナの修正に入られると、
どうしても集中力が切れてしまい、
「なんだかな…」という気持ちになってしまいます。

不要説②:アライメントの指摘(アジャスト)に根拠を感じられない

平たく言うと、「何のためのアジャストなのかがわからない」のです。

どんなに熟練した練習生でも、先生からアジャストで修正されますよね。
ただ、最終的に何を目指そうとしているのか、
その「完成像」が私には見えません。

確かにヨガには完成アーサナがあります。
しかし、その多くは「関節の弛緩性(生まれつきの関節の柔らかさ)」が
ある人の形が「完成形」として定義されている

ことがほとんどです。
到底、普通の靭帯の硬さである私たちが同じ形を目指せば、
確実に怪我をします。

では、生徒一人ひとりの骨格や可動域を見極めて、
安全な指導をしてくれているのか?

私の所感で申し訳ないのですが、
私がこれまで受けてきた中ではあまり感じることができませんでした。

では、何のためのアジャストなのか?
私は「お金を払って通ってくれている人に対する、ただのサービス」
だと感じてしまいました。
身体への知識が中途半端なまま、
サービス目的で強引にアジャストされるくらいなら、
私は絶対に触ってほしくありません。

不要説③:指導者が「人格者」かのように振る舞うことへの猛烈な違和感

長年ヨガをしているから、正式指導者だから、
「素晴らしい人格者だ!」という無意識の雰囲気が、
ヨガ界隈には漂っているように感じます
(感じない人もいると思いますが)。

人格者とは「優れた人間性や道徳観を備え、
周囲から厚い尊敬と信頼を集める人物」のことです。

ただ、私はヨガ実践者=人格者とは思いません。
私自身、正式指導者から理不尽に攻撃されたこともありますし、
とある有名な先生が嫉妬に駆られているのを見たこともあります。

アシュタンガヨガの指導者を見て私が思うのは、
「良くも悪くも、非常に人間性豊かな普通の人」
だということです。

私は、そのような「普通の人」から、
崇高な倫理観や道徳観が語られることに非常に疑問を感じます。

私自身、幼少期から「とにかく理屈はいいからやれ」という
田舎的・宗教的な戒律の中で生きてきて、
「なぜそれをやらねばならないのか?」を考え続けてきた人間です。

だからこそ、彼らが語る倫理観や伝統は、
結局のところ「理屈はいいから、とにかく伝統の通りにやれ」と言っているに過ぎないと感じてしまうのです。

「先生不要の世界」でどう生きるか?

私は、フルプライマリーの中で完結します。
セカンドシリーズには進みません。
アーサナの不具合は、解剖学に基づいたピラティスで直します。
その日の体調に合わせて、必要なアーサナをただ淡々と実施します。

実は私もたまに、「客観的な目線」が欲しくなる時があります。
そんな時、私の考えを理解してくださる先生の下でプラクティスをして、
論理的なフィードバックをもらいたい。
そう思ったことは何度もあります。

ただ、残念ながらそんな先生には出会えていません。
「ないなら、自分で作るしかないのかな」と最近は思っています。

もし私と同じように、今のヨガの指導スタイルに
悩みや息苦しさを持っている人がいるならば。
アシュタンガヨガの伝統的な練習とは別に、
「みんなで解剖学やアライメントに関して、あーだこーだ言う会」
を持てたらいいなと思っています。

アライメントを正しく直さないと、
深い呼吸は入らないですからね。
アライメントなくして、呼吸はなし、です。

【皆さんに質問です】

ヨガの先生の言葉や、痛いアジャストに対して、
「それって本当に根拠があるの?」と心の中でツッコミを
入れた経験はありませんか?
もしあれば、ぜひコメント欄で教えてください!

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