強いアジャストメントって必要?横行している理由と裏事情

私はシャラに行くのがあまり好きではありません。
理由は「アジャストメントされるから」

アジャストメントとは


先生が生徒のアーサナ(ポーズ)を正しいと思われる方向に修正する行為です。
アジャストとも呼ばれます。

ヨガの先生として駆け出しの頃は、
「どうやって生徒さんをアジャストすればいいんだろう」と悩みます。
生徒側としては「先生からアジャストを受けたい!」と思う方が多いです。

私自身、かつては「アジャストを受けるためにシャラに行くぞ!」と、
ワクワクしていた時期もありました(笑)。

そんな私がなぜ現在はアジャストされるのが嫌なのか?

アシュタンガヨガのアジャストは、強すぎる

それは「アジャストで強く押されて恐怖を感じるから」。

過去に、とあるシャラで、マリーチアーサナDのアジャストを受けたんです。
股関節と背中がメッチャ痛かったです・・・
先生が力任せに捩じろうとしているのがわかりました。

別の日、別のシャラでプラサリータ・パードッターナーサナCのアジャストを受けました。
なぜか、手を床に付けようとされるんです。
引っ張る力が強くて、怖くて肩に力が入りました。
結果、私は前に倒れましたし、肩は痛かったです。。。

いやいや、ちょっと待てよ、
「もう無理」と言えば良かったのでは?

そう思われた方もいるのではないでしょうか。

正直「無理」という時間もないぐらいでした。
そして厄介なことに、
ちょっと痛くても「これぐらい堪えないと」と思ってしまう自分がいました。
最初のセッティングのところから痛くて
「ここで痛いって言ったら先生何もできひんな」と思い、
何と言っていいのか分からなくなることもありました。

思い返せば、「アジャストを受けるためにシャラに来ているんだから!」
という思いもあったような気がします。

余談ですが・・・以前セッティングのところで痛いと言ったら、
ちょっと直されて、結局アジャストされました。
えっ・・・!?と驚きでした。

アジャストは再現性が低い

先生の強い力で深いところまで連れて行ってもらったとしても、
大半は再現性が低いです。

先生の補助なしで自力で実行できなければ、
根本的部分は何も書き換わっていません。

「では?何のためにこのアジャストをしてるんだろう?」と、
思うこともしばしばあります。

(もちろん、個別の身体に合わせて、
自分で練習しても再現性の高いアジャストを
してくださる素晴らしい先生もいらっしゃいます。)

そもそも、生徒が痛みを感じるようなアジャストメントは必要なのか?

はっきり言って不要だと思います。

個人的にはアジャストメントは先生のエゴと、
生徒側の「お金を払っている対価を受け取りたい」という思いの上に
成り立っているのだと思います。

先生は「生徒をここまで深めさせた」という自信が付きますし、
生徒も「サービスを受けれた!」と喜ぶことになります。

ただ。正直某ヨガにおける先生のアジャストは不適切だと感じます。
生徒個別に合わせたアジャストではなく、
一律に「このアーサナの時はこのアジャスト」という風に
型に合わせてアジャストしているように感じてしまいます

そのアジャストメントは本当に生徒さんのためなんでしょうか?
先生自身のエゴのためにやっていませんよね?

結論:自分の身体の「主導権」は自分が握る

先生がアジャストを適切に行っているかどうかは
残念ながら生徒側が見極める必要があります。

もし「痛い」「怖い」と感じた時は、
自分の身体の主導権を手放さず、はっきりと声を出して先生に伝える必要があります。

とはいっても先生と信頼関係ができていないと難しいんですよね。
先生によっては「アジャストされるのが苦手なんです」と言ったときに
どんな反応が返ってくるのかわからないですよね。

ただ、声を上げないと伝わらないのも事実です。

痛みに耐えて、サービスという名のアジャストを受け取るだけのヨガは、もうやめにしませんか?

【皆さんに質問です】

ヨガのクラスで、痛いアジャストに堪えたり、
あとで「あのアジャスト痛かったな」という経験はありませんか?
ぜひコメント欄で、あなたのエピソードを教えてください。

コメントいただけると嬉しいです。

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